この遺跡は、アンコールトムの東側に位置する。
元々、ジャヤバルマン7世が、母を祀る為に造った仏教寺院であったが、
後にヒンドゥー教寺院に改宗された。
遺跡には、東側から入って行く。
右写真は、第2東塔門。
この遺跡は、意図的に修復する事を極力避け、自然のなすがままに放置し残す方針がとられているらしい。
(私が訪問した時は、修復してなかったけど、後から他のサイトを見ていると修復中の写真も目につく。)
第2東塔門の内側、スポアン(榕樹)の木が絡みついている。
このスポアンの木は、樹齢300年から400年と言う事のようだ。
第3東塔門の北側の入口から第一回廊の内側に入る。
ここにもスポアンの木がうねっている。
中央祠堂北東側には、内部で胸を叩くとエコーが響く祠堂があった。
その近くから撮影した写真だと思う。
記録を付けてないので、わからなくなってしまった。
中央祠堂方向を撮った写真と思うが、記録をとって無く、記憶が定か
でない。
回廊内部の北東隅のデヴァダーだと思う。
指まで写真に撮ってしまっている。
すみません。
その拡大写真。
この遺跡で見つかった碑文によると、敷地内に僧侶や踊り子を含む
総勢12,640人が住んでいたらしい。
その踊り子がモデルになったのであろう。
中央祠堂付近。
第3回廊東側の西面。
スポアンの木に飲み込まれている。
これもスポアンの木に絡め取られて、遺跡が崩れている。
第2回廊西側の東面にもスポアンの木が絡みついている。
第2周壁の西塔門。
東側から見たところ。
第1周壁の西塔門。
東側から見たところ。
塔門の四方には、観世音菩薩の顔が彫られている。